自己紹介

ごあいさつ

みなさん、初めまして。

永嶋玲二です。

このサイトを見ていただいて、ありがとうございます。

福祉施設での仕事

私は大学の福祉学科を卒業してから、児童福祉の施設で青少年(15歳~20歳くらい)の自立援助をする職員として20年ほど働いてきました。

今も自立援助ホームの職員をしています。

自立援助ホームとは、中学を卒業した15歳から20歳くらいまでの子どもたちが入所し、自立するための準備をする施設です。

子ども達は職員のサポートを受けながら、仕事をして、貯金をし、1人で生活するための知識を身に着けます。

自立援助ホームに入所してくるほとんどの子どもは、親から虐待を受けたり養育を放棄されたりして傷つき、自分の事や周囲の人たちを信じることができなくなっています。

なので、職員や会社の人などと安心できる関係やつながりを作ることができません。

やっと採用された仕事をすぐに辞めてしまったり、施設から突然いなくなってしまったり・・・。

自立のはじめの一歩は、大人との「安心できるつながり」を取り戻すことです。

バーンアウトを経験して

自立へのはじめの一歩は、大人との「安心できるつながり」を取り戻すこと

そのために職員は、日々ちょっとずつ子どもとつながりを作っていきます。

しかし、不安定な人間関係のパターンを身に着けている子どもたちとは、なかなか関係を作ることができません。

私は優しくしてみたり厳しくしてみたり試行錯誤をくり返しましたが、子どもとのつながりはほとんどできませんでした。

数か月、数年たつうちに(はっきり言ってしまうと)うんざりしていました。

彼らとの関わりは表面的でつるんつるんと引っかかるところがないのです。

子ども達は恐れや不信にとらわれており、他者とつながる喜びやありがたみを感じる余裕がありません。

子ども達との関わりのあまりの手ごたえのなさに、無駄なことをしていると思うようになりました。

ふり返ると、私はバーンアウトの初期状態でした。

仕事にうんざりしてさぼってしまうかというとそうではなく、私の場合は逆に忙しく仕事にのめりこもうとしました。

これはバーンアウトする人にありがちなプロセスです。

当時、平日は訪問介護の仕事をしていました。

そのあいまに自立援助ホームに戻り、夜間は週に数回宿直に入ります。

東日本大震災以降、週末は自立援助ホームの職員とともに仮設住宅へのボランティアも始めました。

休みを取らずに働き、徐々に体がおかしくなってきました。

アトピーや腰痛がひどくなり、うつぶせに寝ると腰がつり背骨が変形するようになりました。

このころにはもう人と関わりたくなくなってきていました。

特に子どもや他の職員とできる限り関わりたくない。

ですが、「いや、これではいけない」と葛藤がひどくなりました。

他者とのつながりがわずらわしく、孤立していく。

これも典型的なバーンアウトの進行です。

私自身がそんな不安定な状態では、子どもはまぁ安定しません。

バーンアウトからの気づき

いい加減このままではいけないと、腹を決めて介護の仕事を減らすことにしました。

というのも、自分の外側ではなく、自分の内面の問題が無視できなくなってきたからです。

「自分の物事の受け取り方に問題があるんじゃないか」と。

子どもに話したことが、ブーメランのように自分に返ってくることに気づきました。

ある時、子どもに嘘をついてはいけないとお説教をしたら、後で自分のごまかしが指摘されました。

またある時、子どもに他人からされたことのありがたみがわかっていないとお説教をしたら、別の場面で自分こそ他人のありがたみがわかっていないという動きをしていました。

「あれ?」と思いました。

自分が言った言葉が自分に返ってくることに気付いてからは、以前のように簡単に「お説教」するのが怖くなりました。

そのような状況になると、子どもに話す前に「自分のありようはどうか?」と自分自身をふり返られるようになったのです。

「自分の目にある材木を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目の中にあるおが屑をとらせてください』とどうして言えるだろうか。偽善者よ。」

(聖書 ルカによる福音書第6章42)

という言葉が体験的に腹に落ち、「これか!問題は自分か!」と気づきました。

このような気づきには、いつも“ショック”が伴います。

死角から頭をたたかれたような嫌な感じです。

自分のバカさを思い知らされるというか。

しかし、実際そうなのだから受け入れるしかありません。

マインドフルネスや心理学との出会い

それならばと、自分自身と向き合うためにアドラー心理学やプロセスワーク、トランスパーソナル心理学などのいろいろな心理学系の研修に通いました。

また、野口体操、アレキサンダーテクニーク、ヨガなどのボディワークに参加し、身体の調整に努めました。

お寺に行きヴィパッサナー瞑想やサマタ瞑想などを教えてもらい、自宅でも実践しました。

それまで自立援助ホームと介護の仕事、自宅を往復する日々でしたので、学びのひとつひとつが新鮮で興味深かったです。

マインドフルネスと心理学との出会いは、閉ざされていた私の世界を変えるものでした。

ある時、一度にどっと介護の仕事が減りました。

これはチャンスだと思い、40歳で臨床心理を勉強するために大学院に進学しました。

もっと自分自身と子ども達のことを知るために。

大学院では20代の若い皆さんと一緒に楽しく勉強させていただき、無事卒業し臨床心理士となりました。

ふり返ると大学院進学はナイスジャッジでした。

そして、そんなわがままを許しサポートしてくれた職場と家族には本当に感謝です。

ブログについて

現在も自立援助ホームの職員を続けながら、トラウマトリートメントセンターのセラピストをしています。

マインドフルネスであることが、人間関係や福祉の仕事・セラピーに役立ていることを日々感じています。

このサイトでは、マインドフルネスやトラウマ・ケアについての情報や取り組む方法を分かりやすくお伝えしていきます。

よろしくお願いいたします。