マインドフルネスとは何か

マインドフルネスって何?

マインドフルネスとは、いつも心と身体を安らかに健康に保つためのトレーニング法です。
アメリカで一大ブームとなり、日本でも徐々に広がりを見せています。

あなたがもし、より健康的で幸せな人生を送りたい、人間関係をもっと上手に保ちたいと思っているならば、このマインドフルネスいう簡単なトレーニングこそぜひおすすめです。

コツさえつかむことができれば、ひとりで、どこでもできます。

マインドフルネスを習得することによって、あなたは、生活面、仕事面はもちろん、あらゆる場面で幸せを感じながら生きることができるようになります。

マインドフルネスはあなたの一生モノのよりどころになるはずです。

この記事では、そんなマインドフルネスについて、最初の一歩だけをお伝えしましょう。
さて、マインドフルネスとは何でしょうか?

 

マインドフルネスとは、

「今、自分の心と身体がどう働き、どう感じられているかに、まず、気づくことです。そして、それを無評価に観察している状態」を言います。

うん? わかるような、わからないような…。
順を追って、できるだけわかりやすく説明していきますね。

マインドフルネスは宗教ではない

おっと、マインドフルネスの説明に入る前に、一つ確認しておきたいことがあります。
それは、マインドフルネスは宗教ではない、ということです。

マインドフルネスの源にあたるヴィパッサナーという瞑想法は、悟りに至る方法としてお釈迦様によって伝えられました。
「ええっ?仏教なら宗教じゃん!」 と思いますよね。

ところが違うのです。
マインドフルネスは宗教とはまったく異なるものです。
心を集中させる方法として、瞑想という型をとりますが宗教や信仰ではありません。

1970年頃のこと。ある科学者が仏教の瞑想にハマっていました。
そしてある時「あれっ? これって病気の人に役に立つんじゃない?」とひらめきました。

その科学者とはジョン・カバット・ジン博士です。
博士は仏教瞑想を医療現場に応用します。
その際、宗教に関する要素を慎重に排除し、試行錯誤しながら「マインドフルネスストレス低減法」を開発しました。

このマインドフルネスが、医療現場で慢性的な痛みを抱える多くの患者さんのツラさを軽減しました。
研究が進むにつれ、慢性的な痛み以外の症状への効果も確認されました。

2000年以降では、医療現場に限らず、グーグルやアップルなどの大企業でも、集中力や想像力を高める方法として、マインドフルネスは企業ぐるみで取り入れられるようになりました。

そうはいっても、もともとは仏教の瞑想だ、と聞くと「なんかあやしい…」とか「洗脳されるんじゃないの?」とか、不安がよぎるかもしれません。

日本では近年、さまざまな新興宗教が社会的問題を起こしていますから・・・。
マインドフルネスに対して、「あやしい…」といった印象を持たれることは、健全な判断だと私は思います。

ですが、マインドフルネスを、「あやしい…」で片づけてしまうのは本当にもったいない。
マインドフルネスのトレーニングは、基本的にシンプルでお金もかかりません。
好きな時に、好きなように自分でできます。
それでいて、人生を良い方向へ変化させる大きな効果が期待できます。

マインドとは、いったい何?

では、マインドフルネスとは何かに戻りましょう。

まずは、マインドフルネスという言葉について。
「言葉には興味ない」という方は、マインドフルネスのトレーニング法をご覧ください。

マインドフルネスという言葉は、マインドとフルネスに分けられます。
まず、マインドとは何か。
マインドは、「心」という意味です。

改めて、心ってなんでしたっけ? と聞かれると、答えるのが難しい。

一般的に、私たちの心には、思考、記憶、予測、判断、理解、欲求、感情、イメージ、感覚などたくさんの働きがあります。

その心の働きをまとめたエネルギーを、私たちはなんとなく「私自身」だととらえています。

私たちには、さまざまな心の働きや動きがあることはわかりますよね。
どうやって心があることに気づいているのでしょうか?

そうなんです。
私たちは、心を心で見ることができるんです。

考えてみると、これは不思議です。
「見られる心」と、「見る心」。
どちらが「私」なのでしょうか?
どちらも私?
あるいはどちらとも「私」ではない?

どうなんでしょうね。
結局のところ、「心はよくわからない」というところが本当ではないでしょうか。

フルネスとは、いったい何?

次に、マインドフルネスの「フルネス」とは何でしょう。

フルネス(fullness)とは、「満ちている状態」という意味の接尾語です。
マインドとフルネスをくっつけて、そのまま訳すと「心が満ちている状態」になります。
英語圏では、「気をつける」、「心がける」といった意味合いで使われるようです。

マインドフルネスという言葉は、Sati(サティ)という仏教用語の訳語です。
お釈迦様が使われていたパーリ語のサティは「注意する」という意味です。
ちなみに、漢語では「念」と訳されました。
念という漢字は、今と心でできています。
注意するには、心を今にとどめなければいけません。

念という漢字には感心しちゃいます。

 

ただし、このサティですがただの注意ではありません。
注意するにしても強弱の度合いがあります。
ぼんやりとした注意から、一生懸命の注意まであります。

「サティ=マインドフルネスの注意」は強い注意です。
決められた対象に向けて一生懸命注意を向けます。

マインドフルネスでは、何に注意を向けるのでしょうか?
それは、「心と身体の感覚に強く注意を向ける」ことです。

ここからマインドフルネス・トレーニング法に入ります。

マインドフルネス・トレーニング法

心と身体に注意を向けてみよう

心と身体に注意を向けるとは、「今ここにいる私」に強く注意を向けること。
マインドフルネスとは、自分の心と身体の感覚に注意を向けて気づいている状態です。

たとえば、マインドフルネス・トレーニングはこんな感じに進めます。

①一息ついて、呼吸にともなうおなかの動きに注意を向けてみます。
→息を吐いたときにおなかが凹むことに気づき、吸った時におなかがふくらむことに気づく。

②ぐ~っとおなかが鳴った。
→ぐ~っとおなかが鳴ったことに気づく。

③胃のあたりがもやもやする。
→胃のあたりがもやもやと感じたことに気づく。

④「おなかが空いたなー」と考えが浮かんだ。
→「おなかが空いた」と考えたことに気づく。

⑤「このあと何食べようかな」と考えた。
→「このあと何食べようかな」と考えたことに気づく。

①②③は身体の感覚です。④⑤は思考ですね。
このように、心と身体の感覚に注意を向けて、淡々とそのままに受け取っていきます。

心を心で観察してみよう

大事なことは、観察できていることです。
心で心を観察するわけです。
心を観察できていれば、観察されている心から距離が置かれています。
とはいっても、ほんの少しかもしれません。

普通、上記例の④「おなかが空いたなー」あたりから、どんどん思考にはまっていきます。

⑤「このあと何食べようかな」→「この間行ったあのお店のカツ丼おいしかったな…また近いうちに行こうかな…」→「でも、食べすぎると体重がなぁ…」といった感じにどんどんつながっていきます。

その時、私たちは思考に乗っ取られています。
観る心と観られる心はくっついています。
そんな時は、過去と未来に意識が広がってしまい「今ここにいる私」は忘れられています。

「今ここ」の瞬間にいない私たちの行動は、反射的・衝動的です。
つまり、慣れ親しんだ行動のパターンをくり返してしまうことになります。

その反射的・衝動的な行動が、人生をいい感じにしてくれるものであればいいのですが…。

しかし、反射的・衝動的な行動が、人間関係の悩みやトラブルをおこすことがよくあります。
たとえば、仕事から帰って奥さんから何か相談されると,「仕事で疲れているんだ!」と不機嫌になって自室に入ってしまうとか、忙しい朝に子どもがモタモタしているとイライラしてつい大きな声で怒ってしまうとか・・・。

これらの反射的な行動、反応は、自分の身を守るための自然なものです。
このようにして自分を守ることができたからこそ、今あなたはこの文章を読めているのです。

なにはともあれ、「生きている今を大肯定」

私たちの生は、不確定です。
実は、いつ何があってもおかしくありません。

なので、なにはともあれ、どうにかこうにか生きている今を喜ぶことはとても重要です。
まず、「今ここにいる私」という存在を、無条件に大肯定しましょう。

人生うまくいっていれば、それでよし。
なんだかうまくいっていないのであれば、今までの行動パターンの変え時かもしれません。

あなたに思い当たる節があり、人生の質を向上させたいなら、生きている今を大肯定することが第一歩になります。

でも、「自分を大肯定なんてできないよ!」という方もいます。
とても傷ついている方です。
そんな方は、なんとなく「へー、大肯定って大事なの」ぐらいに考えておいてください。
なんとなーくがいいんです。

マインドフルネス・トレーニングを少しずつ、でもたゆまずに、ぼちぼち続けることで、いい変化が起きてきます。
無理をしてはだめです。

心と身体に注意を向けている時、私たちは今ここにいます。

変化は今ここの瞬間にしか起きません。
癒しは今ここでしか起きないのです。

そんなこんなで、少しはマインドフルネスに興味を持っていただけたでしょうか?
最後にまとめます。

トレーニングのまとめ

基本のマインドフルネス・トレーニングは、以下のように進めます。

①心と身体の感覚に気づき、観察する
↓↑
②手放す

この①と②をくり返します。
一つ気づいたら、間髪入れずに次の気づきは訪れます。
気づきをパッパッと移していきます。
観察が続けられれば、「②手放す」の作業はいりません。

観察を続けていると、気づきと次の気づきの間に思考が入りこんできます。
そしてその思考が思考を呼び、思考に入り込んでしまいます。
いやな感情や感覚にもとらわれがちです。

たとえば、腰が痛いとき。
「今ここ」では痛みが起きています。
その瞬間、「うわー、痛くていやだなぁ。」みたいな思考が入り込みます。

すると、過去にひどく腰が痛んだ記憶やもっと痛くなるんじゃないか、という不安にとらわれます。

その時、「今ここ」から離れてしまっています。
思考や感情、感覚にはまり込んだら、はまり込んだことに気づき、とらわれていた思考を手放します。

気分が落ち込んでつらい時ってありますよね。
そういう時には、くよくよ同じことを考えちゃったりしてしまいます。
そんな時、すぐ気分を切り替えられればよいのですが、嫌な考えは離れていってくれない。

なので、この手放すという作業はとても大事です。
どうすればできるようになるのでしょうか?

 

嫌な気持ちを手放すコツその① 注意を向ける先を変える

私たちは今この瞬間に、実はかなりたくさんのことを経験しています。

常に五感からたくさんの情報を取り入れて、 必要な情報のみを選んで意識します。

くよくよしてしまう時は、くよくよに注意が向けられています。
その注意を、他にそらしてあげましょう。

 

嫌な気持ちを手放すコツその② 呼吸に注意を向ける

そのような時に頼りになるのが、身体の感覚です。
基本的には、呼吸にともなって刻々と変化する身体の状態に注意を向けます。

観察してみるとわかりますが、同じ呼吸はありません。
深かったり、浅かったり。
身体の中で、呼吸が感じやすいところを探します。

鼻の穴に空気が出入りする様子や、胸、おなかの動きかもしれません。
くよくよしていることに気づいたら、呼吸に注意を向けて、身体の感覚と共にいるように心がけます。

はじめ数回は、口をすぼめて「ふーっ」と細く長く、息を吐き切ってしまうといいでしょう。
吸う息は、自然に入るにまかせます。

そのあとは、自然な呼吸にまかせて、どんな呼吸をしているか、身体の様子を観察します。

「お〜。今日も生きとる、生きとる!」といった感じで。
そのまま呼吸に注意を向け続けるといいです。
また、心や身体に注意を向けなおしてもいいです。

すべてをあるがままに受け止める

心や身体の感覚に正しい、間違えているといった判断はいりません。

今ここにあるものは、すべてあるがままに受けとめます。
私は、「大肯定する」と呼んでいます。
大肯定については、また次回以降に説明します。

このように手放す訓練を少しずつ繰り返すと、くよくよし続ける時間が減ります。
つまり、集中力と注意を切り替える力が身につきます。

頭でいくら考えても、マインドフルネスは身につきません。
実践あるのみです。一緒に取り組んでいきましょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は、『マインドフルネス・トレーニングを続けるコツ』についてご説明します。